「RPG」やりますか?
ドラゴンクエスト、ファイナルファンタジー。ウィザードリィなんかもそうですね。
RPGに欠かせない、武器。
武器屋で銅の剣や、ヒノキの棒を買ったり、洞窟の奥でクサリガマを拾ったり。
いかずちの剣なんて手に入れた日には、道具として使うだけで爆発系の魔法になったりするアレです。
ゲームの中の世界では、武器を買うことと使えるようになる事はセットになっております。
クサリガマを買ったけど、使い方がわからなくて戦えない、なんて設定は、そこに特化したシステムを持つゲームでない限り、あまり見かけません。
入手して装備すれば、使えるのが基本です。
例外的に、武器を道具として使うものは、道具として使えることを知らなければ使うことができません。いかずちの剣とかね。
つまり、RPGの中では、武器を購入すること、または武器を拾う事は、基本的に使い方を知ることとセットなのです。
漫画やアニメの世界ではどうでしょうか。
ドラゴンボールで、カメハメハという技があります。
相手にぶつけて攻撃するという使い方もありますし、山火事を消すという使い方がされたこともあります。
また足から噴射することでロケットのような使い方をされたこともあります。
ゴーストスイーパー美神の中で、主人公横島忠雄の文殊という能力があります。
その中で
「またも新アイディア。どんどん霊能力から遠ざかっている気がする」
といったようなそのセリフがあります。
つまり、霊能力としての発想ではなく、手持ちの能力をどう使うか考えた結果、霊能力から離れてしまったわけです。
持っている能力そのものを武器として見つめ直すことで、既存の枠組みの戦い方の外から自分の能力を再定義したともいえます。
ドラゴンボールの、カメハメハで空を飛ぶと言う発想もこれに近いものであるといえます。
ゲームの世界では、操作方法を決めるという意味でも、武器は定められた範囲で使用ができます。
また、使い方も規定されているものが全てです。
規定された使い方を逸脱することは、チートだったり、裏技だったりするわけです。
漫画やアニメの世界では、物語の進行上意外性が求められることもあり、意外な使い方がされることも多いです。
では、現実の世界ではどうでしょうか。
そもそも、武器を武器として認識できない例もありますが、それは今回は除外して考えます。
優しい、几帳面、かっこいい、物覚えが良い、空気が読める。
こうした能力、スキルをその枠内だけで使うと言うのは、すなわちカメハメハ攻撃の手段であるととらわれているのと同じことになるのではないでしょうか。
優しい、というのはどういうことか。
相手に優しいと感じさせるのに、相手の心の隙間に入り込んでいるのかもしれません。
また、人間心理のパターンを理解しているのかもしれません。
人生に行き詰まりを感じて、自分の能力が足りないと感じる。
または実力が足りないと感じた時に、その能力を伸ばすか、新しい能力を身に付けるかといった選択をしがちですが、1歩下がってみましょう。
ほぼ日刊イトイ新聞に、なにかを考えるための10カ条があります。
「1.そのことの隣りになにがあるか?」からはじまる、10の問いです。
今ある能力を伸ばすのでもなく、新しい能力を得るでもなく、ただただ今の能力の使い方を考えるというアプローチも実際には大事なことなんだと思います。
子供はなかったものを手に入れて成長する。
大人はどうやって成長すればいいのか。新しいものを手に入れたいから、自分の中で限界まで伸ばしたと思える能力をさらに伸ばす事は難しいことです。
また自分の能力は当たり前すぎて、あまり価値がないように感じてしまうことも多いでしょう。
新しい能力を得るでもなく、今の能力を伸ばすでもなく、今ある能力の応用を考えることも戦略の正しい形ではないかと思います。
そのために必要なのは、今持っている能力を見つめなおすことなのかもしれません。
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